FULLERVISHー蜜売家枇薬

創作落語の同人グループ・蜜売家一門より、蜜売家枇薬の雑記録です。

俎上之鼠

ねえ今どんな気持ち?どんな気持ち?どんな気持ち?ねえ今どんな気持ち?大丈夫?怪我してない?いまそこで敷かれたレールの上を進むだけの人生を送っていたらふとした事故でガードレールに突っ込んでしまったあなたに聞いてるんだよ。ねえ無視しないでよ、酷いよ……、あ、そうかわたしの声なんてタダじゃ聞こえないよね、だってあなたはとっても高貴な人に見えるから。わたしとは生きてる世界の高さが違いすぎるから。そうじゃなかったら、人生にこんな立派な線路が用意されているなんてこともないもんね?ねえ、ねえねえ!!雑談でもしようよ、ちょうど脱線事故の直後で意識も朦朧としてるところだろうし、そういうときじゃないとわたしなんかがあなたと話せる機会なんて絶対にないからちょっとお話してみたいんだ。ねえ、わたしが元々居たところってどんなところだったか知ってる?元々っていう表現は傲慢かもしれないな、ちょうどガードレールにぶつかったところであろうと、それでもなお芍薬にすら見える美しい血飛沫を上げられるあなたは、羊か狐に見える。それに対してわたしが元居たところなんてゴミ溜めだよ、蠅がたかって鴉が大意地張って、永遠にじめじめして薄暗くて一縷の希望を抱く余地すらない、下水道のゴミの吹き溜まりみたいなところに居たんだよ。

高貴な人は無様にはなれないんだね、だってあなたの血飛沫は真っ赤だもの。わたしが古巣で見ていた血潮は光なんて当たらないから全部どす黒く見えるんだよ。ねえ、ねえねえ、ゴミ溜めには何があると思う?おっと失礼、笑っちゃうくらい分かりきった質問だったね。高貴なあなたを馬鹿にするつもりはなかったの、不快だったらそれは謝るよ。だってわたしはゴミ溜めに居たような身分で、それはたぶんきっと生まれた時から立派なおべべと高いお靴を与えられてきたんだろうなっていうあなたとは、生きてる場所に読んで字のごとく『天と地の差』があるんだから。わたしは、こうやってあなたと喋ることが出来るだけで『有り難やぁ〜有り難やぁ〜』って歓喜するべき身分だからね。さっきの話題に戻すとね、ゴミ溜めにはゴミがあるんだ、古今東西から選りすぐりのね!!そこで這いずり回っている人生ってやつがこの世には存在するんだよ、もちろんわたしがってだけじゃないよ。というかわたしは道を踏み外したあなたとこうしてお話しできるような身分だから、古巣のやつらから見ればわたしなんて羨ましくてしかたがない存在なんだろうけど。でも結局はそういう人生だから別に疑問も何も抱かないけどね。黄金の毛皮を持つ羊とか、9本尻尾を持ってる狐とか、なんかそういう高尚な存在に見えるあなたには、分かりやすい比喩をしてあげるよ。わたしは鼠なんだ、ドブネズミ!!ゴミ溜めを走るドブネズミとか、病気とか持ってそうでしょう?ペストとか媒介しそうだよね(笑)でもあなたも九尾の狐とかだったらエキノコックス媒介したりするのかな?……今すごく罰当たりなこと言っちゃったね。まあ今のは神様に向けた言葉じゃなくてあなたに向けた言葉だってことはまあ、賢いあなたには分かるでしょ?

自分はそんな高尚な存在じゃないって言いたいの?わたしと同じ土壌に立とうって言うの?馬鹿にすんのも大概にして下さいよぉ〜。……馬鹿にすんのも大概にしてくださいよ!!上から下に降りるのってすっごい大変なんだよ、なんか重力みたいなのすごくかかるんだよ!!上から下に落ちた時、水だってコンクリートみたいになるんだから!!上から無理して下に降りたって、なーんにも得ることないんだよ。天人は五衰を迎えるまで、天人であり続けるべきなんだよ。せいぜい服が汚れて、腫れ物ができて、何も楽しくない日々がやってくるまでは「ノブレス・オブリージュ」!!だったかそんな感じのスローガン掲げて、高貴さと責任とを抱えて、高潔に生きていてほしいんだけど。

この差はテメーとわたしの人生程度の時間じゃ縮められないんだよ。あ、今の「テメー」は汚い言葉遣いとか、不遜な態度とか、そういうのじゃないよ。テメーとかオメーって元々は「手前」「御前」って丁寧な言い方だったんだから。オメーは賢いだろ?知ってるよね?

この差が出来たのは多分ロングロングタイムアゴー、だいたい応仁の乱くらい?京の都の人間はそこで前後を判断するって言うし。だったら多分それより昔のことって感じだなんだろうけど、人間は上と下に分かれたんだ。そしてあなたが居たような、海のお城なんだとか、浅瀬の野原なんだとか、マーチ鳴り響く女子の楽園、お茶が冷えたみたいな大豪邸、山茶花の集合かの学園と、用済みタワーのお膝元、老人たちのダンスフロア、そういうところに選り分けられて、上の人間が上に鎮座して、上の人間が取り仕切った、選り分け会議で振る舞われた、美味しいお菓子や煙草の吸殻酒缶酒瓶ぜーんぶ不法投棄した先のドブに、下の人間は生きたんだよ。

そんな歴史はないよって?さすが賢い!!教科書にはこんなこと載ってないもんね。さすが勉強してるなぁ。でもさでもさ、現実見えねえ目は要らねえな?

あなたとわたしには明確な差があるでしょう?だってあなたはこの道外れたって行く宛あるんでしょう?齧れる脛があるんでしょう?使えるコネがあるんでしょう?それがどんなにすごいことなのか、考える脳みそもテメーは持ってない訳?

ねえ、現実見なよ。ねえ、わたしが何なのかもう1回考えてみてよ。人生の選択肢ちょっと間違えたのかな、せっかく『敷かれたレールを進むだけの人生』が有り得たのに、ちょっと火遊びしようとでも思ったんでしょう?立派なレールから転げ落ちて、あろうことかドブネズミに絡まれてるなんて。無様じゃない?惨めじゃない?死にたくない?……まあ結局、敷かれたレールを外れてもガードレールにぶつかれる手厚いサポートがあるような人間が、ドブネズミ風情のわたしの言葉なんて、聴こえないんだろうけどさ……