慧眼
定吉「はい、何でしょうか旦那様」
旦那「ちょっと使いを頼まれてくれないか。手紙を渡しに行ってほしい。これなんだが」
定吉「(読みながら)これは……平林先生のところですか」
旦那「そう、そうだ。いやお前は本当に物分りがいいな。みんな口を揃えて言うよ、『お宅の丁稚さんはあんなに幼いのに大人のように賢い』って」
旦那「何の話だ?」
定吉「来世の話です。では、行って参ります」
定吉「ふん、みんな馬鹿だよなぁ。子供が字を読めないって誰が決めたんだか。文字があるんだったら文字を読む勉強をしろってんだよなー。そんくらいのことしないから、あたいみたいな文字が読める、賢くて聡明な人間におちょくられる馬鹿が出てくるんだい。……ん?でも……もしかして……みんな、子供は文字が読めないものって当然に思ってるから、あたいに教えてやろうとしてるのかな。でもあたいはその程度のこと全部知ってるから、可愛げがないガキだって、話を終わらせちゃうのかな。つまり、あたいはまだ子供らしく馬鹿な方がいいんだ、そうだ絶対そうだ!!あたいは賢いんじゃなくて、子供の権利を行使してないだけだ!!だったら……(手元を見る)うん、あたいは文字が読めない可愛い子供の丁稚。これなんて書いてあるかわかんない!!どこに行くかも分からない!!……って感じでその辺の奴に聞いて回るか〜」
定吉「あのぉー、すみません!!」
通行人A「なんだい?うおびっくりしたな小僧!!前見て歩きやがれ」
定吉「ごめんなさいぃ!!あのぉ、そこの薬屋の丁稚なんですが、お使いを頼まれたんです。でも、どこへ行くのか忘れちゃって。これの宛先、なんと読むか分かりますか?」
A「なんだいそんなことか。お前んちの旦那もこんな子供になんも教えてやらないなんて酷い旦那だわな。どれどれ……うん、これは平らな道とか言う時の『たいら』という字。そしてこっちは『雑木林』とかの『はやし』。宛先は『たいらばやし』さんのとこだな」
定吉「たいらばやしさんですか!!ありがとうございます、助かりました!!忘れないように、声に出しながら行きますね!!たいらばやしさん、たいらばやしさん、たいらばやしさん、たいらばやしさん、たwいwらwばwやwしwさwんwwww。清盛かってんだよ。どう見てもひらばやしなのに。なんかその辺のやつに話しかけてりゃもっと楽しめそうだな。あのーっ!!すみません!!」
B「ん?あれ?そこの薬屋の丁稚さんじゃないか。どうしたい」
定吉「お使いを頼まれたんです。このお手紙を届けて来いって言われたんです。でもどこに行くのか分からなくて……」
B「え、でもあそこの丁稚さんって言ったら、年の割に賢くて聡明だって評判だったような……」
定吉「そんなこと言われたってぇー、読めないものは読めないですよ」
B「まあ確かにそうだな。こんな子供だもんな、読めないものもある……って、丁稚さん……こんなのも読めないのか」
定吉「(ムッとする顔)なんて読むんですか」
B「平塚って地名を知ってるか?1文字目は『ひら』そんで2文字目は『森林』の『りん』。『森林』ってのは木が5つあるんだ、3つ取ったら『しん』、2つ取ったら『りん』。こいつは2つだから『りん』だな。だから宛先は、『ひらりん』だよ」
定吉「……(失笑)。ひらりんですか!!可愛い名前ー!!じゃあ、忘れないように唱えながら行きますね!!ひらりんひらりんひらりんひらりんひらりんひらりんクリントンかってwwwいやーこれだから馬鹿ってやつは面白いんだよ。学がないってのは可哀想だねぇ。あと最後くらいに……あそこのやつに聞くか。あのー!すみません!!」
C「これはこれは、なんだ新町の薬屋んとこの丁稚さんじゃないかい。ヒラヒラ言ってるから他人の空似だと思ってたんだ」
定吉「見なかったことにしてください。あ、えーと、いまぁ、お使いを頼まれているんですけど、宛先が分からなくて……これ、なんて読むか分かりますか?」
C「ん〜?ああ、ここか。ここなぁ、何と言ったか……確か……あ!!そうだ、最初の『たいら』っぽい字をよく見ろ。一という字があるだろ?その下にあるのは『八』の字。残ったのが『十』の字。そして木が2つ。木ってえのは木炭の木だ。だから全部ひっくるめて『一八十のもーくもく』」
定吉「いwちはちじゅうの、もーくもく!?はっ、いやありがとうございます!!忘れないようにしますね……ははは!!一八十のもーくもく!!すごいのが来たな。この発想はなかった。たいらばやしにひらりんに、一八十のもーくもく♪へへ、馬鹿になれた気分だ」
D「おい、そこのばーか」
定吉「……(嫌な顔)、何ですか」
D「お前文字読めねえんだろ?教えてやんよ。こっち来い」
定吉「…………なんて、読むんですか」
D「一があるな?八があるな?ひとつとやっつがあるな?んでもってとおがあるな?ひーふーみーよーいつむーななやーこことーのとおがあるな?最後は木ふたつ。ひとつとやっつでとっきっきー!!」
定吉「……あーはい、はい!!ありがとうございましたー……足止めされるんじゃなかった。無為に時間を過ごしちまった。もう行こ」
定吉「ごめんください。新町の薬屋の者です。お便りを届けに参りました」
薬屋「あーよかった、無事に辿り着けたようで。時間がかかるものですから心配になりまして」
定吉「わたくし1人でここに参るのは初めてですから。平林先生からのお便りを拝見したことはあるのですが」
薬屋「平林?ああ、そうか、君は子供だからな、まだ紋とか分からないよな」
定吉「は?……どこに紋が?」
薬屋「『あたりや』とか『天神さん』とかね、まあ紋ってのがあるんだよ。でね、これがうちの紋なんだ。まあちょっとした遊び心だよ。平林という字を分けて見てくれ。『ひとつとやっつでとっきっきー』と、そういううちの紋だ」
定吉「で、でも宛名は……平塚さん宛だ……で、でも!!いくら紋だって言ったって、こんなのどう見ても『ヒラバヤシ』でしょう!?おかしいじゃないですか!!」
先生「うーん意地張って洒落が通じないねぇ……これだから頭のいい奴をおちょくるのは愉しいんだよ」