相似と合同の狭間の1
「もし君が、君をそのまま使って作った型を使って君をそのまま作られてしまったとして、君じゃない君と同じ姿形をした君が目の前で君よりも君が求めた生活を営んでいたら君はどうする?」
僕は僕と同じ姿をしたお前を理解できない。お前は僕そのもので、僕もお前そのものなのに、僕とお前は分裂した別のものとして存在するしかない。
僕が過ごすかもしれなかった時間も、僕が築くはずだった交友関係も、僕が知るはずだった知識も、何もかも僕ではないお前が持っているのに、お前は僕の止まった時間を何も知らない。
僕の時間が止まっていた間がお前の時間だから、僕の時間が動き出したらお前の時間は終わるはずだった。僕が先に僕としてここに居たのに、どうして僕と同じ姿形のお前をまるでお前の方が先に居たかのように僕は見ないといけないのか。
僕の抜け殻だったお前の抜け殻が僕なのか。
僕はお前の抜け殻にならないといけないのか。
あの子は僕をどうして不気味そうな目で見るのか。それはあの子が好きなお前と僕の姿が文字通りの生き写しなのに僕がお前とまるで違う別人だからだ。
僕の身体がもしも僕だけのものなのだとしたら、お前は僕の身体を使っている僕じゃない存在だから僕は正当にお前を詰って殴ってそのまま殺せたらそれだけで気は鎮まると思うけれど、お前は僕そのものの姿形をした僕ではないお前だから僕はお前が生きることを尊重したいと思うことを止められない。
分かっている。僕はお前が羨ましい。殺したいほど羨ましい。
僕の時計が叩き壊された時にただ偶然置かれていただけの僕と合同だった人形がお前という自我を持って僕の日常に介入するのがどうしても受け止めきれない。お前が僕なら僕はお前で、お前と僕はじゃあ誰だ。