FULLERVISHー蜜売家枇薬

創作落語の同人グループ・蜜売家一門より、蜜売家枇薬の雑記録です。

今日も星は美しい。
特に冬の空は格別だ…明るい星がダイヤモンドの形に並んで、僕を取り囲んでいるのだ。僕は冬のダイヤモンドに囲まれて、夜空の一部になったような感覚に酔いしれる。
というのは想像で、都会の空では冬のダイヤモンドの中でも特別明るい、シリウスとかリゲルとか、くらいしか見えない。けれど僕はそれでいいと思っている。この街では、この星空が本物の空であるから。図鑑とか教科書とか、そういった資料に載っている美しい星景写真は僕が住む世界とは違う世界の空を映したものだろうから。
僕はいつも、この街のすみっこで忘れられたような商店街の、そのまたすみっこにある公園に来ては、星を見上げている。夜になるとお父さんとかお母さんとかがいるから、家に居場所がないのだ。この公園は僕の居場所なのだ。
隣に場違いに高いマンションが建っているので、あまり空が広く見える場所ではない。けれど、完璧な空ではないからこそ、星空への想像が広がるように思えて、僕は好きだ。
僕はいつも、思い出したように置いてあるベンチに座って、気が済むまで星を眺めている。だんだんと気温が下がって、空気が緊張する。そしてマンションの明かりが消えていく。すると星はどんどん美しくなるのだ。
今日もいつものように星は美しい。
今日はなんだか、いつもより星が綺麗に見える気がする。
不思議に思っていると、
「くしゅんっ」
と、隣で女の子がくしゃみをした。見ると、ぶるぶると震えて、マフラーに顔をうずめて、僕の隣で空を見上げている。
空を見上げている女の子がいる。
僕じゃない人がここにいる。
「だれ」
忘れられたような場所にあるこの場所に、人がいる。
僕は訊くと、女の子は僕の顔を見た。
「お前、こんな寒いところでなにを見てんの?」
女の子は眉を顰めて、不気味なものを見た人のような声で訊いた。
「星を、見てる」
声が掠れて出ない。女の子の質問にただ答えるだけで精いっぱいだ。
「お前、星が見えてんの?」
女の子は、かけていた笑えるくらい分厚いレンズの眼鏡をかけたり外したりしながら、空を見上げる。
「どこに見えてんの?」
女の子は僕に訊く。
「真上に、リゲル」
僕が言うと、女の子は
「ふうん」
と呆れたような声を出した。
「あれはアルデバランだ」
「え」
と、僕は息の抜けたような声を出した。
「お前、なにを見てんの?」
女の子はもう一度、僕に訊いた。何も言えなかった。
「星を、見てる」
僕はもう一度答えた。
女の子は大きくため息をついた。
「なにも見えてないじゃん」
僕は何も返せない。一言、
「だれ」
ともう一度言った。
女の子は、
「宇宙人」
と答えた。

宇宙人…?でも、人間の見た目してるじゃないか」
僕が言うと、女の子はわざとらしくため息を吐いて、
「人間の姿に擬態するくらい朝飯前なんだよ」
と返す。
「そ、そうなんだ…」
僕は状況が飲み込めない。どうしてこんなところに僕じゃない人がいるのだろう?
女の子はぶるぶると身震いした。
「あんた、こんな寒いところでよく死なないね」